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盛岡地方裁判所 昭和28年(行)16号 判決 1955年1月17日

原告 安藤仁三郎

被告 岩手県知事

主文

被告が昭和二十三年一月三十一日附岩手に第四、七五五号買収令書をもつて岩手県九戸郡種市町第八地割四十四番畑一反五畝二十一歩につき安藤安夫を相手方としてなした買収処分の無効なることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、主文第一項掲記の農地は原告が昭和八年頃祖父安藤百松から贈与を受けたものであつて、未だその旨の所有権移転登記手続を経ていないが、原告の所有小作地である。ところが地元種市村(昭和二十六年四月一日種市町となる)農地委員会は昭和二十二年十一月七日右農地につき、それが原告の所有であることを熟知しながら、その登記名義を原告に移転する意図をもつてこれを原告に売り渡す前提のもとに名宛人を登記名義人たる右百松として旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三条第一項第三号による買収計画を定め、同日その旨の公告をなし、同日より十日間書類を縦覧に供したが、異議、訴願がなかつたので、被告は所定の承認手続を経た右買収計画に基いて主文第一項掲記の買収令書を発行し、これを同二十三年三月二十二日右安藤百松家の家督相続人安藤安夫に交付して右農地の買収処分を行つた。それなら右買収処分は相手方を誤つた点において違法であるばかりでなく、その基本たる買収計画が前記の如く農地改革の目的を離れて登記移転の手段としてのみ定められた点においても違法であり、法律上当然無効である。また原告は右買収計画当時において保有限度内の自作地及び小作地しか所有していなかつたものであるところ、右買収処分は前述のごとく基本たる買収計画が前記のような意図のもとに右百松を名宛人として原告の保有限度内小作地である右農地を買収しようとして定められたものであるから、その点においても違法であり法律上当然無効である。よつて被告に対し右買収処分の無効確認を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告主張の事実に対しそのうち右百松より安夫に至る家督相続関係が被告主張のとおりであること及び右買収計画当時訴外万徳熊次郎が右農地を小作していたことは認めるが、その余の点は争うと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、原告主張の事実のうち、種市村農地委員会が原告主張の日その主張の農地につき登記名義人たる原告の祖父安藤百松を名宛人として、旧自創法第三条第一項第三号による買収計画を定め、原告主張のとおり公告をなし書類を縦覧に供したが、異議、訴願がなかつたこと、次いで被告が所定の承認手続を経た右買収計画に基き原告主張の日その主張の買収令書を発行し、これを原告主張の日右百松家の家督相続人安藤安夫に交付して右農地の買収処分を行つたこと及び原告が所有する自作地及び小作地が保有限度内のものであることは認めるが、その余の事実は争う。ことに右農地が原告の所有小作地であることは否認する。右農地はもと右安藤百松の所有であつたが、同人は昭和十年二月二十日死亡し、同日その婿養子安藤吉太郎が家督相続をなしたところ、吉太郎は同十七年二月十日隠居したので、同日その長男である右安藤安夫が家督相続によりその所有権を取得したものであり、しかしてまた訴外万徳熊次郎の亡父万徳松太郎が同十年頃よりこれを右百松から期間の定なく借り受けて耕作していたが、同十八年松太郎が死亡したので爾来その家督相続人たる右熊次郎が引き続き耕作して現在に至つているものである。すなわち右農地は右買収計画当時は右安夫の所有小作地であつた。ところがそれが旧自創法の前記条項に該当する農地であつたので前述のような買収手続をとつたのであつて、そこになんら違法の点はないと陳述した。

(立証省略)

理由

原告主張の農地につき地元種市村農地委員会が昭和二十二年十一月七日その登記名義人たる原告の祖父安藤百松を名宛人として旧自創法第三条第一項第三号による買収計画を定め、同日その旨の公告をなし、同日より十日間書類を縦覧に供したが、異議、訴願がなかつたこと及び被告が所定の承認手続を経た右買収計画に基き主文第一項掲記の買収令書を発行し、これを同二十三年三月二十二日右百松家の家督相続人安藤安夫に交付して右農地の買収処分を行つたことは当事者間に争がない。

原告は先ず本件農地は本件買収計画時において原告の所有小作地であつたと主張するので按ずるに、証人安藤安夫、高屋敷仁兵及び出石正武の各証言によれば本件農地は昭和八年頃原告が祖父安藤百松から分家財産の一部として贈与を受けたものであるが、原告等居村地方の慣例ではその際の登記手続費用は分家者が負担することになつていたところ、原告は長くその費用の準備ができなかつたので所有権移転登記手続は未了のままであつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠がない。それなら本件農地の買収計画時における真実の所有者は原告であるといわなければならない。

よつて更に進んで本件買収計画が原告主張のように所有権移転登記手続の手段として定められたかどうかについて按ずるに、成立及び原本の存在に争のない甲第一及び第二号証と前記証人安藤安夫、高屋敷仁兵及び出石正武の各証言とを併せ考えると、本件買収計画樹立の直前右安藤安夫より当時安夫方の近所に居住し懇意にしていた右村農地委員会の委員長岡本福太郎に対し、本件農地は前記百松からその生前原告に贈与されたものであるが未だ登記は百松名義のままになつているから、金をかけないでそれが原告の名義になるよう買収のうえ原告に売渡す手続をとつて貰いたい旨の申出があつたこと、そこで右福太郎においてこの旨を右村委員会に諮つたところ同委員会はそのような申出による買収及び売渡の手続は適式の手続でないことを知りながら満場一致で右申出を容れ、本件農地につき右安夫よりは買収の申出をなさしめる一方原告にも買受の申入をなさしめたうえ、前記のとおり登記名義人百松を名宛人とする本件買収計画を立てると同時に原告を相手方とする売渡計画を立てたこと及びところがその後右売渡の通知書が原告に交付されないうちに岩手県農地委員会が前記のような事情による適法でない右買収及び売渡の各計画手続を知りながら右売渡計画のみを取り消しのうえ、右村農地委員会の権限を代行して万徳熊次郎を相手方とする新たな右売渡計画を立てたことが認められ、他に右認定を動かすに足る証拠がない。

以上認定の事実関係より見るならば右村農地委員会は右安夫の前述のような依頼を容れ、同人及び原告のため本件買収計画並びに原告を相手方とする売渡計画を立て、これによつてその登記名義を原告に移してやろうとしたものと解する外はない。すなわち本件買収計画は前示売渡計画とあいまつて本件農地の登記名義を百松より原告に移転する手段としてのみ定められたもので、そこには旧自創法の目指す農地改革を遂行しようとする意図は全く見られない。このような買収計画はまさに買収機関の適正な権限の範囲外にあるものといわなければならない。

果して以上のとおりであるとするなら、本件買収計画は前記のとおり買収の相手方を原告としない点において違法であるばかりでなく、右村農地委員会の適正なる権限の行使外のものとして法律上当然無効であるべきであり、従つてこれに基いてなされた本件買収処分もまた当然無効のものといわなければならない。しかして本件買収処分につき被告はその有効を主張し、爾後手続を進行中と見受けられるから、原告には右無効の即時確認の利益がある。

よつて原告の請求はその余の点の判断をまつまでもなく叙上の点において正当であるからこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)

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